祖先から受け継がれた井戸にいる
サマリア人の女性
The woman of Samaria At The Ancestral Well.
このサビアン・ワードに書かれているサマリア人というのは、ユダヤ人とのあいだに民族的な確執があり、ユダヤ人から差別的に見られていました。
通常、井戸の水くみというのは、朝と夕方の涼しい時間に行うことが多かったそうですが、とあるサマリア人の女性は、ユダヤ人たちと出会うことを避けて、人気のない昼間の時間に井戸へ水くみに出かけました。そこにひとりのユダヤ人の男性がいて、出会うことになるのですが、彼こそがイエス・キリストであった……という話があります。
これは、古くなって、追いやられて、もうどうしようもないくらいに追い詰められたときにこそ、新しい力が目覚める、という暗示。井戸でイエス・キリストと出会ったサマリア人の女性は、その後、キリストの教えに目覚めて、これまでの絶望的な人生から新たな希望を見出すことができるようになりました。古いやり方、伝統、手法……そういったものに本人が心底うんざりしているときにこそ、まったく新しい可能性が啓示のようにさしこんでくる、ということを示しているサビアン・ワードです。
この度数を持っている人は、人生の中で本当に追い詰められたときに、高次の意識が目覚めるかもしれません。大逆転の暗示であり、すべての退路が断たれて、思いつくあらゆる手段がなにもかも通用しないようなときにこそ、天啓がさしこむことが起こるでしょう。
なにかに希望を見出していたり、執着したりしているときには、なかなかそれが起こらないかもしれません。「もう本当になにもかも無理だ」と、すべてを諦めて、投げ出してしまいたいときにこそ、もっとも高度な創造力が降りてくる可能性があるでしょう。